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一流の投手が持つべきエフィカシー 〜苫米地理論から紐解く投手のエフィカシーの在り方〜


私がコーチングさせて頂くクライアントさんは、投手の方が多い傾向にあります。
 
投手をコーチングすると言っても、ただテクニカルな動きのみにフォーカスを当てるのではなく、マインド(脳と心)からの書き換えを行なっていきます。
 
その上でテクニカルなコーチングを施すからこそ、効果が急速なスピードで体感でき、その上でさらに「自己増殖」するかのように、あとは放っておいても勝手に成長をしてくれます。
 
マインドを書き換えていくとはそういうことです。「自己増殖」するかのように、ロケットブースターを起動した後は、勝手に成長していく。
 
極論を言えば、コーチが付きっきりでないと活躍できないような投手は二流以下です。マウンド上では常に1人です。苫米地理論でいえば、宇宙にはあなた1人です。
 
マウンド上で、どんな場面でも常に最高のパフォーマンスを発揮できてこそ超一流なのであり、どんな場面でも楽しめるのが一流です。ちょっとした環境の変化や状況の不利、有利でパフォーマンスが変わってしまうような選手を育てるのは、コーチングではありません。

コーチングを受けると打たれる

コーチングを初めて1~2ヶ月のクライアントさんに多いのが、「今までより、めちゃくちゃ打たれるんですけど!」という疑問です。そう。コーチングを始めると打たれ始めるのです。おいおい、それじゃあコーチングを受けない方がいいではないか?と思われるでしょうが、それではさすがに、考えが浅すぎると言えるでしょう。
 
もちろんコーチングを受けて頂くことで、コントロールは格段に上がります。思った所に、気持ちよく投げることができるようになります。ボールがある程度纏まってくるわけですから、バッターとしては的が絞りやすく、打ちやすい対象になるでしょう。
 
しかし、本当に打たれてしまう理由は別にあります。それがホメオスタシス同調です。
 
コーチングを受けることにより、クライアントである投手は皆、ホメオスタシス同調が格段にレベルアップします。非言語でコーチの能力と同調する影響です。わかりやすく言えば、周りの人間と同調しやすくなり、仲良くなったり、気持ちが分かったりするようになる。なんとなく、一緒にいるだけで同調してしまいやすくなります。
 
これは野球を別にすれば、非常に良いことだと言えるでしょう。誰とでも仲良くなったり、心を許し合ったりできるわけですから、人生がより豊かになります。
 
しかし、ひとたびマウンドに上がってしまえば別問題となります。バッターと同調してしまっては、いくら良い球を投げても打たれてしまいます。打たれまいとコースを攻めて、配球を考えて、緩急を付けて・・・。と、頑張れば頑張るほど打たれてしまう。
 
同調しておきながら、抑えるのは圧倒的に難しいのです。手塚理論でいうところの「シンクロ」です。シンクロは物理空間だけではなく、情報空間にも広がっているという視点を持たなければ、次のステージに進むことはできないでしょう。抽象度を上げて考えることが大切です。それが苫米地理論です。
 

情報空間をコントロールする

大切なのは「ホメオスタシス同調自体をコントロールすること」です。要は「同調したい人とする」「したくない人とはしない」という技術を身につけるということ。その感覚が出てくれば、投手は徐々に打たれなくなります。コツが掴めてくれば、失投すら相手がミスショットしてしまうような、圧倒的なピッチングが可能となります。
 
よく「2年目のジンクス」という言葉がありますが、これも論理的に説明できます。1年目の投手は良い意味でも悪い意味でも「相手打者を気にする」ような余裕はありません。ただキャッチャーのミットをめがけて、懸命に投げている。ある意味で打者のことは「ガン無視」状態なのです。相手の顔すら見ない。構えも、スイングも見ない。ルーキーの投手の情報空間に打者は「いない」のです。
 
それであれば打者は投手と同調しようとしても難しい面が出てきます。「いない」と認識されているわけですから、同調しようがありません。1年目に謎の二桁勝利をしてしまう投手にはそのような傾向があります。しかし、2年目になると話は変わってきます。
 
プロのマウンドがコンフォートゾーンとなり、相手打者のことについて考えるようになります。そうすることでホメオスタシス同調が始まります。投手の方から、「シンクロ」のドアを開けてしまうのです。打者はその部屋に入って来て、徐々にその投手と同調していくことでしょう。2年目のジンクスを回避するには、「ホメオスタシス同調」を操ることが必要なのです。

ゴールが低いから、打たれる

 
相手の狙い球を外さなければ・・・
 
このコースに投げ切らなければ・・・
 
真面目な投手ほど、そのように考えてしまいます。しかしコーチから言わせれば、その発想自体が「エフィカシーが低い」状態といえます。エフィカシーとは「ゴールに対する自己能力の自己評価」のこと。
 
超一流の投手に持ってもらいたいエフィカシーは、「抑えるなんて当たり前」というエフィカシーです。
 
投手が打者にすり寄って、わざわざ相手のことを考える必要はない。どうせ抑えるのだから、勝負する必要すらない。
 
むしろ自分は、ただ気持ちよく、自分の球を投げているだけで、自分(投手)と捕手の間に、棒(バット)を持った何かがいるなぁ。あれは何かなあ?くらいの高いエフィカシーを持つことが重要だということです。
 
要は、バッターなど無視して消してしまうということです。例えばジャガイモとあなたが「勝負しよう!」とは思わないでしょう。そのくらい高いエフィカシーを持つべきなのです。
 
ほとんどの場合、スポーツの勝負は「情報空間」で決着します。投手が打者を意識すれば、その瞬間に打者との同調が始まります。そうして打者は徐々に有利になります。投手は打者が気になり、結果的に無駄な力みが生まれることでしょう。そのうち完全に打者に臨場感空間を支配され、いつの間にか打者に「打って下さい」と言わんばかりのボールを投げ込んでしまうのです。
 
これは、投手のゴールの低さでもあります。
 
「あの打者を打ち取りたい」というのはゴールが低い証拠です。それでなくても3割しか打てないのが打者、圧倒的不利なのが打者なのに、なぜわざわざ同じステージに立とうとするのでしょうか?例え打たれたとしても「おお、キミはなかなか上手く打つのだね。キミとの勝負は楽しいね」くらいのエフィカシーでちょうどいいでしょう。
 
どんな一流の打者が相手でも、「気づいたら打ち取ってた。」「ただ、楽しく気持ちよく投げていただけ」くらいのセルフイメージなりヴィジュアライゼーションを持ってもらいたいところです。
 
極論言えば、打者は関係ないのです。打者に合わせるから、結果的に身体(物理空間)に無理や無駄が増えるのです。
 
投手に良く話す話の中で、「投手はダンサーなんだよ」という話があります。
 
投手はただ、マウンドというステージで、気持ちよく自分の表現をしているだけ。その表現を打ち返そうとするヤツが、バッターボックスに立っているけど、投手はただ、自分の気持ちよさを追求するだけでいいんだよ。
 
といったような話です。
 
投手の喜びの一つに「指に掛かった、びしっと決まる球が投げられたときの気持ちよさ、爽快感」といったものがあるでしょう。ただ、これを追求すればいいのです。
 
野球の究極の楽しみはそこにあります。「相手に勝つ」のは副産物でしかありません。自分の身体を効率よく動かし、極限まで自らの身体を機能させ、気持ちよさを味わうことこそ、スポーツの本来の喜びであり嗜み方であると言えるでしょう。相手は関係ありません。
 
そしてホメオスタシス同調をコントロールすることにより、初めてバッターをより客観的に感じることができるのです。
 
こんなスイングだから、この辺に投げとけば打ち損じるな。
 
この球狙ってるの、バレバレだな。
 
勝負していないからこそ、見える世界があるのです。勝負という抽象度ではなく、観察になります。虫かごに入った昆虫を眺めているようなものです。それは「競技としての野球」をしていく上で、ちょっとだけ感じれば、あとは気持ちよく投げておけばいいのです。

まとめ

ホメオスタシス同調を操る。
投手とは、自分の気持ちよさを追求するダンサーである。
ゴールが低いから打たれる。
打ち取るのは当たり前、自分が気持ちよくなければ意味はない。
 
 
 
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