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野球チームに入るとは経済(economics)の世界に足を踏み入れること


野球に限らず、何らかのチームに入ることの最も優れた点は、経済という世界を肌身で学べることです。
 
経済という言葉は、経世済民(けいせいさいみん)の略語です。
 
経世済民とは、「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」という意味です。
 
誰かを蹴落とし、富を独占するのが経済ではなく、世を治めて、民を救うというのが、経済の根本的な考え方です。
 
民を救うとは、野球チームに置き換えれば、救いとは勝利のことを指すのではないかと思います。
 
ルールを基にした競技をプレーするチームは、勝つことが最大の目的ですし、勝つことによって、そのチームはより繁栄し、救われると考えるのは妥当なように思います。
 
よく「野球を楽しむ」といった言い方をされる方がいらっしゃいますが、DAISUKEKOIDE.COMのクライアントにはそのような方はいらっしゃいません。(というかそういった方に対して募集していません)
 
別に楽しみたいのなら公園で気の合う仲間たちとボールとバットで戯れていればいいですし、好きな時間に好きなだけ、飽きればサッカーをやったりバスケットボールをやったりした方が楽しいですし。
 
いや別に、「うちのチームは野球を自由に楽しむんだ!」というチームを否定しているわけではないのですが・・・DAISUKEKOIDE.COMが敬遠(お断り)しているだけです。「あなたのチームにとって楽しいって何ですか?自由って何ですか?」という生ぬるい質問しかこちらは出せないので。
 
これは経験則でしかありませんが「楽しみたい」などと口ずさむチームに限って、指導して勝てないと他人のせいにするように感じます。「習った通りやったのに・・・」といった具合です。こちらからすれば、「どれだけやったの?」とシンプルに思いますし、そのような方々とは野球をするのは向いてないのだなというのがDAISUKEKOIDE.COMの見解です。
 
DAISUKEKOIDE.COMのクライアントはその「楽しみ方」が全く違います。
 
心の底から勝利を切望することによってしか得ることのできない喜び、そこに行き着くまでの挫折、苦悩、そしてそれが実現した時の喜び・・・。
 
そういったものを全て含めての「楽しさ」を追求したいと考えるのであれば、DAISUKEKOIDE.COMは力になれます。それはプロから少年野球の選手まで全てがそうです。
 
上手くいかないのなら、上手くいくまで頭を捻りますし、しがみつきます。むしろそのようにしなければ人など成長しませんし、こちらもサポートする理由がないからです。
 
少なくとも、チームに所属するというのはそのような意味です。所属する以上はチームのゴールに包括されるのです。そのチームの方針が「楽しみたい」のはいいのですが、そもそもそのようなチームに秩序や規律など存在しませんし、なんというか、こちらもお遊びに付き合っている暇はないので、お断りしています。
 
心から勝利を切望するときのみ、真の意味で子供達は飛躍的に成長してくれるという手応えがあります。それは一言で言えば、「経済」の縮図を学んでくれるということです。
 
経済学という言葉をきちんと考えてみれば、economicsはギリシャ語のoikonomikόsから来ています。
 
そしてこの「oikonomikόs」とは「共同体」という意味を持ちます。
 
共同体がどのように互いに幸せになっていくか?(自分を含めた)民を救うか?と考えた時、それぞれのチームに「勝利」というゴールがなければ崩壊します。理由はシンプルに、その共同体が共同体であることのゴールがないからです。
 
共同体のあり方を考えた時に、経済学がはっきりと見えてくるように思います。
 
例えば自分が原始時代に、100人程度の村にいるイメージです。
 
狩りが上手な筋骨隆々な者がいたり
 
その狩人が取ってきた獲物を、見事に料理する者がいたり
 
その見事な料理人に、森で採取した独自のスパイスを渡す者がいたり
 
狩人の狩りに使う武器を作らせたら右に出るものはいない者がいたり
 
その武器に使う材料を収集することに長けた者がいたり
 
狩人に獲物のいそうな地域をあらかじめ調査し、サポートする者がいたり
 
するイメージです。
 
そうやって皆が、狩人の取ってきた獲物にありつけます。自分の仕事が、自分を救い、周りを救い、その共同体を救うのです。
 
その共同体で「チームの仲間になる」には、その共同体の中で、何か一つでも、貢献できるものを自らで作り出すということです。
 
自分には何ができるだろうか?何がしたいだろうか?誰を助けたいだろうか?というイメージです。
 
別にそれは、野球で考えたところで、野球が上手じゃなくてもいいのです。
 
例えば僕などは現役時代、野球の技術などで言えば、全然下手くそな役立たずでしたので、とりあえず誰よりも声を出していました。
 
仲間にかたっぱしから声を掛けていたことは懐かしい記憶です。練習に一番に出向き、道具を磨いたり、準備したり、そして時間が余れば自主練をしていました。(それでもみんなよりも全然下手くそでしたが 汗)
 
俺は明るいから声を人一倍出すぞ!
 
俺は背が高いから、キャッチャーをやってみよう!ピッチャーが投げやすいかもしれない!一番投げやすいキャッチャーになってみたい。
 
俺は野球のプレーは全然だめだけど、相手投手のくせを絶対に見抜けるような千里眼を持ちたい!
 
俺は打つのは苦手だけど、守りは誰にも負けないものを作って、守りでこのチーム(共同体)に貢献したい。
 
なんでもいいのです。自分がこのチームにとって必要な存在になろうと、子供達は奮闘するときに、本当に成長してくれます。そしてその奮闘は、指導者からのちょっとした一言で、彼らは気付かされ、率先してその自分の”仕事”をするようになります。
 
君はとてもいい声を出すな!あの声で、チームが勇気付けられているぞ!
 
君は守備の時にとても腰が低くて、理想的な取り方をしているな!もっともっとそれを磨いて、もっと難しいボールも取れるようになろうな!
 
君はパワーがあるな!まだまだバットには当たらないけれど、バットに当たる確率が増えてくれば、このチームの得点源になれそうだな!頑張ろうな!
 
そうやって村長である指導者が、それぞれ選手たちに「君にはこれを任せたい!」というポジティブな要求こそ、選手たちのエフィカシーがあがり、自分の「生きる場所」を見出だし始めます。
 
それはまるで経済学を見ているようです。それぞれ全てが完璧でないからこそ、互いが互いをサポートし合い、1+1が3にも4にもなった時、本当に強いチームを作ることができます。
 
そしてその「このチーム(共同体)に、何でも良いから貢献したい」という「自分」よりも一つ上の抽象度の視点を持つことが、野球を含めた団体スポーツをプレーする中で重要な意義を持つように思います。
 
だからこそ、指導者側が率先して、その子の良い部分に気づき、その良い部分を意識化し、提示することです。
 
君のこういう部分は素晴らしい。このチームに必ず貢献できる人間だ。だからぜひ、その素晴らしい部分を誰よりも伸ばしてほしい!
 
というその一言が、チームをチームたらしめていくのです。
 
お前はここがダメだからここを直せ!
 
といったネガティブな要求ではなく、ポジティブな要求こそが共同体を繁栄させます。
 
そして、子供達はその中で、共同体で生きる喜びに出会います。
 
自分は全然野球は下手くそかもしれないけれど、でもこのチームでこんな仕事を任されて、こうやって貢献していくんだ。
 
という生きる道を見つけます。
 
別に、役職など与えなくてもいいのです。指導者が本当に必要だと思うことを、素直に任せればいいと思います。
 
「こいつらのどこにいいところがあるっていうんだ?」
 
とおっしゃる指導者の方もいらっしゃいますが、はっきりいってそのような人間に、チームを率いる資格はないように思います。
 
真に勝ちたければ(生き残りたければ)限られたリソースの中で最善を尽くすのがリーダー(村長)の役目です。
 
そもそも、好きで野球をやっている子供たちの良いところを、野球を好きであるはずの指導者が一つも見つけられないなどただの怠慢か、よっぽど盲目か、その両方かです。(あなたの目は節穴ですか?と喉元まででかかりますが、そのような指導者には何を言っても無駄なので、笑って流すようになりました。昔は口から出てしまっていたので、えらく痛い目に遭いましたが 汗)
 
野球チームを一つの共同体と考え、運営することは非常に重要です。共同体のあり方そのものを指導者が履き違えると、チームはいつまでたっても弱いままですし、その弱い理由を選手のせいにしてすまされる昨今の野球界の風潮を見れば、そりゃ野球人口など減って当然であるとDAISUKEKOIDE.COMでは警鐘を鳴らしています。(微力ながら!)
 
何はともあれ、自分のなすべきことをやりましょう!野球人など結局、勝つことによってしか救われないのですから!

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