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17歳の告白〜BRAINを使役する感覚、Crazy oneの最前線から〜


DAISUKEKOIDE.COMでは、多くのアスリート、学生などのクライアントさんも存在しています。彼らは自らの脳を使い、日々猛烈に、ハードにゴールへ向けて命を燃やしていらっしゃいます。
 
その中で今日は、17歳のアスリートのフィードバックをご紹介します。
 
小出さんと一緒に取り組みを始めて、まだ半年ですけど、僕たちは変わったと思います。
 
ゴールを達成できそうにない、無謀なところに持って、それを目指すことで、僕たちは今までと全然変わりました。
 
試合に対しても、全然ビビらなくなりました。前まではいつもイライラして、緊張して、チームのムードが悪かったですが、今はもう、みんな全然普通です。
 
強いチーム(全国でもトップレベル)に勝っても、なんとも思わなくなりました。前までは、みんな凄い嬉しがって、はしゃいでいたのに。今はもう「当たり前」って、本当に心の底から思います。
 
みんな、断然前向きになりました。ミスや失敗があっても次、次っていうふうに、落ち込んだり悩んだりすることがなくなって、本当に明るいチームになったと思います。だから、厳しい練習も楽しいんです。
 
僕たちはまだ、まだまだいけると思います。凄い強くなりたい。強くなって、凄いゲームをしたい。もう、僕たちは変わってしまったんです。(笑)
 
17歳の若者からこんなフィードバックが出るなんて、いちオトナとして感動的です。
 
このような頼もしい若者たちに大いなる希望を感じますし、このような天才たちが、またさらに下の世代の天才たちを育んで欲しいと素直に思います。
 
我々の生命時間など芥子粒のようなものです。吹けば飛ぶような一生です。
 
その中で、その一瞬をどう生きるかです。
 
別にゴールなどない人生でもいいのです。でも、きっとその芥子粒のような一瞬を輝かせるのは荒唐無稽なゴールです。絶対に無理だと感じて、でも成したいと思える何かに立ち向かうとき、人は強く、かっこ良くなるのだと思います。
 
ゴールを持つことに、年齢も性別も国境も関係ありません。ゴールを持てば仲間ができ、ゴールを持てば目の前の風景が鮮やかに彩られます。人生を楽しむ為の秘訣は、お金でも肩書きでもなく、Crazy oneです。
 
 
Here’s to the crazy ones.
The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.
They’re not fond of rules.
And they have no respect for the status quo.
You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them.
About the only thing you cant do is ignore them.
Because they change things.
They push the human race forward.
Maybe they have to be crazy.
While some see them as the crazy ones, we see genius.
Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.
 
[日本語]
クレージーな人たちがいる。
反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
四角い穴に丸い杭を打ち込むように
物事をまるで違う目で見る人たち
彼らは規則を嫌う。
彼らは現状を肯定しない。
彼らの言葉に心をうたれる人がいる。
反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。
しかし、彼らを無視することは、誰にも出来ない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。
彼らは人間を前進させた。
彼らはクレージーと言われるが 私たちは彼らを天才だと思う。
自分が世界を変えられると
本気で信じる人たちこそが 本当に世界を変えているのだから。
 
技術も才能も、根性も負けん気も才能も、何もないところから始まるのです。どれだけ凄いと言われる人々も、何もないところから始まったのです。そして最初にあったもの、それがゴールです。
 
人々は自分のゴールを棚に上げ、ゴールの高い人間を「お前には才能があるから」と軽蔑します。ゴールを持つ者はいつもマイノリティで、常に少数派です。しかしそれは、天国のように楽しい世界です。
 
ニーチェの叫びが木霊します。
 

ニーチェ先生!

 
天賦の才能について、持って生まれた資質について話すのはやめてくれ!
わずかな才能しか持たなかった偉大な人間はたくさんいる。
彼らは偉大さを獲得し、『天才』(いわゆる)になっ たのだ。
 
実体を知らない人々が褒めそやす資質を欠いていたからこそ。
いきなり全体像作りにかかる前に、
適切な一部を組み立てることを最初に学ぶ有能な職人のごとき真面目さを、
彼ら全員がそなえていた。
 
彼らはそのための時間を取った。
なぜなら、華やかな全体像よりも、
あまり重要でない小さなものを作ることのほうが楽しかったからだ。(引用終了)
 
これからも、教育的な分野には積極的に時間を使いたいと考えています。