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村上春樹とイチローと髭剃りの哲学〜宇宙は取るに足らない作業の積み重ね〜


村上春樹は著書の中で、マラソンランナーのレース中のマントラの記事を紹介しています。
 
あるときパリのホテルの部屋に寝転んで、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙を読んでいたら、マラソンランナーの特集記事がたまたま載っていた。
 
何人もの有名なランナーにインタビューして、彼らがレースの途中で、自らを叱咤激励するためにどんなマントラを頭の中で唱えているか、という質問をしていた。なかなか興味深い企画である。
 
それを読むと、みんな本当に色々なことを考えながら、42.195kmを走っているのだなあと感心してしまう。それだけフル・マラソンというのは過酷な競技なのだ。マントラでも唱えないことにはやっていけない。
 
フル・マラソンを走り抜くように、私たちは日々人生を送っているのだとしたら、「マントラ」の存在は重要です。マントラは活用すべきでしょうし、唱えるべきでしょうし、マントラによって自らのマインドをデザインしておくことは重要です。
 
マントラといえばコーチングで言うところのアファメーションであり、無意識下にはself talkと呼ばれるものが走り、その数は日に6万回と推定されています。放っておいてもマントラを唱えてしまうのが脳であれば、ぜひその主導権を握っていきたいのが私たちの生き方です。
 
もしも40km以上を走り抜こうとするランナーの無意識下のアルゴリズムが、6万回も「苦しい、もうダメだ」と実行されてしまえばきっとランナーの足は止まるでしょうし、「私は苦しさの中でさえ、楽しさがあることを知っている」といったself talkであれば、彼の脳は今この現状の苦しい状況の中でさえ、「楽しさ」を探そうとします。
 
さらに村上春樹は同書の中で、希代の文豪「アーネスト・ヘミングウェイ」についても言及します。
 
継続することーーー。
 
リズムを断ち切らないこと。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。しかし弾み車が一定の速度で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気を使っても気を使いすぎることはない。
 
認知科学的に、ヘミングウェイのいいたかったことを翻訳すると以下のようになるかと思います。
 
継続することーーー。
 
自分で「リズム」(ゴール)を決めること。そしてその「リズム」を断ち切らないためには、より抽象度の高いゴールである方がよいということ。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんホメオスタシスが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。しかし現状のホメオスタシスがゴール側で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気を使っても気を使いすぎることはない。
 
ちょっと強引すぎましたwww
が、ヘミングウェイはそのように、自分の人生をデザインしていたのではないかなと思います。
 
さらに小説家「サマセット・モーム」の言葉を借りた村上氏の興味深い文章を引用します。
 
サマセット・モームは「どんな髭剃りにも哲学がある」と書いている。どんなつまらないことでも、日々続けていれば、そこには何かしらの観照のようなものが生まれるということなのだろう。僕もモーム氏の説に心から賛同したい。
 
成功とはマントラの世界を実現することであり、もっといえばマントラの世界を実現するために、なにかしらを淡々と継続することであり、そしてもっと言えば、その継続の中に「髭剃りの哲学」を見出すことなのだろうと思います。
 
もちろんここでいうマントラの世界とはゴールのことであり、そのゴールこそが心から実現したいものであることは前提です。しかし実はその世界を「実現」すること自体に実はそれほど価値はないのです。
 
むしろ実現に向けて、デザインされたことを淡々とこなしていく。誰の目にも留まらない地味な作業を粛々とこなしていくことが「喜び」になっていくといったイメージです。ヘミングウェイはそれを「リズム」といいますし、村上氏はその向こうに「観照」が生まれると語ります。そしてその「リズムの先の観照」は、「髭剃り」にさえ存在するとモームは説いたということです。
 
思えばイチローは偉大な選手ですが、やっていることはとても地味です。大のおとなが木の棒を振り回して、ゴムと皮でできた球体を打つという作業です。誰から注目を浴びずとも、イチロー選手はその木の棒を振る中に「髭剃りの哲学」を垣間見ているのだと思います。
 
ハタからみれば同じスイングであろうとも、その1スイングの中にまた発見があり、その次の1スイングの中にまた発見があるという旅です。味方によれば地獄ですが、本人にとってみればそれはきっと天国です。
 
「あ、またここの筋肉が反応した」
「このイメージだとこのバットの角度になるのか」
「今のは違う。ああ、面白いなあ」
 
1スイングの中に、様々な発見と思考が張り詰め、そしてその「積み重ねる作業」そのものに喜びを感じるようなデザインが美しいのだと思います。
 
どんな偉大なゴールであれ、細分化し、抽象度を落とせばそれは全て「地味で単調な、取るに足らない作業」になります。そして成功者と呼ばれる人間や輝きを放ち続ける人間は、その「取るに足らない作業」が複利で増大していくことをしっています。
 
しかし彼らがその「取るに足らない作業」を続ける理由は「複利」でも「成功のため」でも「お金のため」でもなく、ただ単純にその取るに足らない作業自体を「積み重ねる」ことそのものが気持ちよいのです。
 
髭剃りであえ、哲学があるのなら、きっと私たちのゴールにも哲学があるのだと思いますし、それを語り合うために酒があるのであれば、それはそれで素晴らしいことなのではないかと思います。(僕はそんなに飲めませんがw)
 
成功者とはどういう生き物なのかと言えば、豪腕で壁とという壁をなぎ倒すような者ではなく、むしろはじめは小さく、取るに足らないような小さな小さななにかを、少しずつ育てることの好きな生き物のことです。もはや飼育係です!www
 
毎日それを眺め、水をやり、太陽の光の当たる場所に移動させ、雑草が生えれば抜き、今日1日の数ミリの成長を喜び、「昨日よりも、成長している」とエフィカシーを上げ続ける人間であるということです。
 
村上春樹氏も同様、我慢強く、少しずつを積み重ね、小さな改良を重ねながら、大切に、リズムとテンポで大きなゴールを見据えつつ、「小さな小さななにか」を育てて行くことを心から楽しんでいるような文章です。個人的に、そのような人を「紳士」と呼ぶのだと感じます。
 
私たちも同じように、「髭剃りの哲学」を垣間見ましょう。思い切った1歩も素晴らしいですが、愚直に積み重ねる1歩も同じように素晴らしく楽しいことであると認識しましょう。そしてそれを「積み重ねること自体」を楽しみ、成長を慈しみ、情報空間に広がるエフィカシーと云う名の強烈なアルゴリズムを無尽蔵に上げ続けましょう。(誰にもバレないように静かに粛々と)
 
そして自らのゴールから逆算した「積み重ね」によって、新たな宇宙を創造していきましょう。宇宙はそんな「取るに足らないような積み重ね」でできていると感じます。全てが小さなアルゴリズムであり、そのアルゴリズム同士の作用により、複雑系が生まれ、なんだか宇宙は摩訶不思議な世界に見えます。しかし、いくら取るに足らないことでも、僕たちはそれを「重ねること自体」に喜びを感じるように、設計されているのです。
 
 
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